2011年3月のアーカイブ

2011.03.31  いのちの波動

 いま、高齢のぼくが心掛ける基本のひとつは、できるだけ周囲に迷惑をかけずに生きること。休まずに5000歩くらいは歩けるように。マンション8階まで階段を上り下りできるように。最小限の自助を、です。

 有栖川公園から愛育病院の前に出ると、桜の木が冬を脱ごうとしていました。枝はうっすら色づき、蕾はふくらんで桜色。ぼくは手袋を脱ぎ、手のひらを桜の幹に近づける。ゴツゴツした幹。1センチほど近くまで手を寄せると、「ビビッ、ビビッ」と微かに手のひらに感じるものがあります。

 それ、いのちの波動ではないか? 開花という大事業のために、桜木は一心に水と栄養分を吸い上げている。その鼓動。あるいは「気」。木の気迫。ぼくはしばらく手をかざして桜の「気」をいただき、いのちの波動を浴びました。

 愛育病院は出産関係の病院です。日々ここで赤ちゃんが産声を上げ、それぞれの人生を歩み出します。玄関前の桜たちもまた、花(子ども?)を咲かせようと生命活動に熱中している。この一帯には生命の波動が満ち、強い力が働いているように思えました。そして敬虔な気持になりました。

 大震災の翌日に被災地で生まれた女の赤ちゃんがいるという。何という縁でしょう。妙なる自然の恵みです。その力づよい泣き声を、人びとはどんな思いで聞いたことか。なににも勝る励ましだったのではないでしょうか。

 チリで、地下700メートルの炭坑から生還した人びと、つい去年のことでした。その苦難の最中に生まれた赤ちゃんは「エスペランサ(希望)」と名づけられました。東北の赤ちゃんは、きっと「のぞみちゃん」として、その日に授かったのでしょう。逞しい生命力と明るい成長を祈ります。(A) relevant domains .

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2011.03.29  不易流行

 若い皆さんこんにちは。これから【不易流行】の「不易」に連なる思いで書こうと思います。

 日本と日本人が直面している深刻な困難と危機。しかし、焦るなと自分にいいきかせています。いまこそ冷静に。現実を直視しつつ根本を考えたい。【急いては事をし損じる】。昔の人の知恵の言葉です。

 そこで【不易流行】に注目。広辞苑を開く。「【不易流行】松尾芭蕉の俳諧用語。不易は詩的生命の基本的永遠性を有する体。流行は詩における流転の相で、その時々の新風の体。この二体は共に風流の誠からでるものであるから、根本においては一に帰すべきものであるという」。

 すこし難しい。そこでまた広辞苑。「【不易】かわらないこと。不変。【流行】①流れ行くこと。②急に或る現象が世間一般にゆきわたること。特に、衣装・化粧・思想などの様式が一時的に広く行われること。はやり」。

 ぼくはこう解釈します。【不易】は、どんな時代にも変わることのない本質的なこと。変えてはならない基本的なこと。【流行】は、時代ごとの新しい考え、思想、価値観。だから斬新な表現、技術、開発などはここから生まれる、と。

 しかし、ぼくたちはつい新鮮な【流行】に目を奪われがちです。じつは、魅力的な花は【不易】という基本の土壌に咲くのではないか。歴史や古典に学べとの声は、その指摘でしょう。

 困難なときこそ【不易】に思いをはせよう。あの戦争中の大空襲や原爆、焼け野から立ち上がった日本です。志を熱く。そして【不易流行】の両面を認識して前に進みたいと思うのです。(A) expired domains

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2011.03.25  イーハトーブ創造プロジェクト

 見上げると、高い空を一羽の白い鳥が飛んでいきます。ゆっくり白い翼をはばたいている。姿はさだかに見えませんが翼の長い鳥です。どこへ飛んでいくのだろう。気づくと、その鳥は北を目指していました。はっ、として、ぼくはその翼に祈りを乗せ、視界から消えるまでその鳥を目で追いました。

 東京都心から北、そこには巨大地震と巨大津波によって破壊しつくされた広大な地域が広がっています。亡くなってしまった方がた。着の身・着のまま被災した方がた。ぼくたちの想像を超える忍耐力で、孤立した自宅や避難所で、生存の危機と戦っています。親族・知人の安否を問い続けています。温かいみそ汁は飲めたのでしょうか。炊きたてのご飯は味わえたのでしょうか。野菜や肉、魚は・・・。

 死亡:9,523人、安否不明:18,834人、避難者:257,935人と、3月24日の朝日新聞は報じています。頻発する余震。しかも、大地震と大津波は原子力発電所を直撃。恐れていた放射性物質が東京の水道水にも検出される事態となりました。3重の試練を浴びている日本と日本人。救済と安全確保のために、昼夜を問わず決死の覚悟で作業に取組む自治体、消防隊、自衛隊、警察隊、保安員、関連企業の皆さん。知恵の総力で原発の安全を確保してください。避難所を支え、心の対話で励ましている地域職員やボランティアの皆さん、そして被災者の皆さん。尊い戦いです。頭が下がります。

☆ ☆ ☆

 ぼくたちはこの国難と、どう向かい合えばよいのでしょう。どのように行動すればよいのでしょう。考えます。優先第一位の復興・再建への協力と同時に、広域な被災地の将来構想を直ちにスタートさせなければならないのではないか、と。

 それは、新しい日本、新しい地域社会のありようを考えた創造建設計画です。本質の追究です。復興を「3.11」以前に戻してはいけない。まったく新しい発想で、共生の地域社会の設計図に着手してほしい。閃いたのは、岩手県に生まれた宮澤賢治でした。賢治の描いた「イーハトーブ」です。イーハトーブは宮澤賢治が「岩手」の語呂から考えた造語で、彼が心象風景に描いた「理想郷」の名です。

 そうです。この未曾有の災害を人間の理想郷の創造に変換してこそ、被災地と犠牲者の霊に報いる壮大な挑戦となるのではないか。との思いが起こりました。岩手、宮城、福島3県の地域市民と県庁を中心に、3県にある大学、高専、研究機関、地域企業が知恵を集めて、いわば「イーハトーブ創造プロジェクト」を立ち上げてほしいのです。

 そこに、日本全国から志と知恵のある地域創造の専門家が参画し、さらに政府が強力なバックアップを行う。

 するとまったく新しい国づくりの姿が見えてくるでしょう。それは希望の具体的な姿のはずです。回復的な復興ではなく、前へ、未来を開く能動的なプロジェクトです。日本は、日本人はすばらしいと、世界の規範となり尊敬される創造的な市民社会活動を始めようではありませんか。

 <不易流行>。<急がば回れ>。巨大災害のいまだからこそ、本質を考え、未来展望を気づかせるこの言葉(知恵)を噛みしめましょう。希望を語り、夢を育て、希望を軸足として、日本人の志の高さと深い知恵を、そして市民が連帯する実行力ヒューマニズムを、全国民と全世界の市民たちに示そうではありませんか。(A) sub domains .

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