2011年4月のアーカイブ

2011.04.25  脱原発パレード

 「原子力から自然エネルギーに変換を」と訴える市民のパレードが行われました。4月25日・朝6時代のNHKラジオが報じ、新聞朝刊も社会面にカラー写真入りで報じています。ようやく! という感慨で記事を読みました。(全文を以下に引用しておきます)。

 ようやく、というのは、あるフランス人から聞いた言葉がずっと耳に残っていたからです。彼は、すでに原発反対の抗議デモが東京であったのに日本のメディアは報道していない、というのです。また、早くも3月14日(月)には、日本を離れよとの声も聞いたというのです。東京在住の外国人のほうが、現実・真実を日本市民よりよく知っているらしい。とすると、日本のメディアは報道の役割を果たしていないのではないか。という疑問がわきました。

 以下、朝日新聞19ページ社会15版の記事(4月25日)です。

脱原発を訴え渋谷に5000人

初参加の人目立つ

 東京・渋谷で24日、「原子力から自然エネルギーに転換を」と訴えて、市民がパレードをした。福島第一原発の事故でエネルギー問題への関心が高まっており、初めてデモに参加したという人も目立った。

 主催者によると、参加者は5000人。坂本龍一さんら著名人も賛同し、ネット上を中心に呼びかけが広がったという。集った人たちは、チェルノブイリ原発事故で汚染された土壌の再生に使われているという菜の花を掲げたり、太鼓をたたいたりしながら練り歩いた=写真、葛谷晋吾撮影。

 4歳の娘を連れて、飛び入り参加した竹本陽子さん(33)は「事故が起こって、子どもや孫の代に残したくないと思った」。練馬区の岩井良之さん(42)は「一人でも多くの人に考えてもらえるように行動していきたい」と話した。


 ようやく、このような動きが市民の間に出始め勇気と希望を感じます。ぼくももう少し若く、この呼びかけを知っていたらデモに参加したかったのでしたが。この動きのこれからを見つめていきたいと思います。

 よい社会、よい国をつくっていくのは、市民たちなのだとつくづく思う日々です。(A)

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2011.04.19  ファイト新聞

 なんとすばらしい、子どもたちの知恵でしょう。

 避難所の小学生たちが、手づくり新聞を発行していました。「ファイト新聞」。いい題名です。自ら避難所生活をしながら、みんなを元気づけたいと創刊したのだという。

 「ファイト新聞」は、宮城県気仙沼市気仙沼小学校体育館の壁に、毎日張り出されているという。毎日!。日刊新聞とは。明るいニュースや、子どもたちの描く絵が、被災読者を和ませ、笑顔を生み出しているというのです。

 創刊号は3月15日、大震災からわずか4日後です。初めは回し読みしてもらった。すると大人たちから笑い声があがったという。「面白いね」「毎日楽しみにしているよ」と声もかかり、2週間後から壁に張り出すことに。

 初代編集長の吉田理紗さんは、なんと7歳。小学2年生が、こういう発案をしていたのです。じつに豊かな感受性、想像力、そして知恵でしょう。4月4日からは小山里子さん(9)が2代目編集長。初代の吉田さんが親戚の家に移ることになったのです。小山編集長は、「一日のうちで楽しかったことだけを選んで、書くことを決める。明るくいこうよ、って伝えたいから」と編集方針を語っているそうです。

 「牛丼とうじょう!」「散歩しました。ポカポカしてて、気分転換になりました」などの記事。そして、多様多彩な絵が満載の「ファイト新聞」。星が笑顔のイメージキャラクターもできた。そして津波で家を失ったなかまや、お互い知らなかった子どもたちが、新聞づくりを通して仲よくなった、と。連帯したのですね。

 4月11日号は、北海道から「イカめし」や「ホタテのから揚げ」の炊き出しに来てくれた人に、初めて取材した特集号。小山奏子さん(12)は、「緊張したけど、話をきかせてもらってよかった。遠くからありがたいな、という気持がうまれた」と。

 これは4月15日(金)朝日新聞の朝刊記事の概要報告です。取材した平岡妙子さんは、とてもいい記事を書いてくれました。論調やお託宣などより、こういう現実報告がどれほど「希望」を語ってくれることでしょう。東北の子どもたちの「ファイト」と大人をも指導するような知恵をすばらしいと思います。「ファイト新聞」スタッフの6人、ありがとう。「明日は何を書こうかな。楽しいこと探しの日々が続く」と、記事を結んだ平岡妙子記者、ありがとう。(A) domain dns .

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2011.04.12  折角、生きているのだから

 昨4月10日、詩人たちの小さな朗読会が開かれました。【歴程】というグループ4回目の朗読会です。同人のうち宮城県、福島県、埼玉県在住の数名は残念ながら参加できませんでした。家を津波で奪われた同人、避難所で支援活動中の同人、被害住宅立て直しの同人もいたのです。一般参加者も例年よりも少数、少し寂しい朗読会になりました。

 冒頭、主催者は巨大災害にふれて語り、上記の報告を行い、1分間の黙祷ののち朗読会を始めました。今年のテーマは「風」。これは、昨年末に決められていたものです。しかし、巨大災害を体験し、何人かは被災地を思う新しい作品を読みました。ぼくは『ぼくと、風たち』と題した数篇を。その中の4篇を記します。

 

1:高いところ

空の高いところを
大きな風が吹いており
ちっちゃなぼくらは
地上に立っている
中原中也も
あの風を見上げていた
茫洋 茫洋
と つぶやいて


3:目

風には 目がある と思う
その目は だまって
なにか とても大事なものを見ている
と 思う
トンボの背中に乗って
きっと 本質とか 実相とか
そういうものを
見ているのではないだろうか


5:崩壊 その1

しきりに吹いてくる東北の風
3月11日から吹いている
かつてなく悲しく かつてなく残酷な風だ
その風は この国のなにを責めているのか
魂に訊け と問うているのだろうか
風は 崩壊を美しくする
という囁きが 聞えるのだが


6:崩壊 その2

まさか 地球に
悪意があるとは思えないのだが
怒りの波が引いていった後に
犬さえ おろおろ歩いている
向かい風は
いつまであの地に吹き続くのだろう
余震の数は
もう覚えきれなくなってしまった
もういい もう分かった
風よ きみは崩壊を美しくできるのか

 

 今朝、NHKのテレビ番組「あさいち」で、福島県南相馬市で被災した郵便局長・高橋さんがつぶやくようにいった言葉が胸に響きました。高橋さんは放射能の危険の中で妻と娘を神奈川県に避難させ、ご自分は単身現地にとどまって休みなく業務と取組んでいます。処理すべき厖大な郵便物の処理対応に追われています。

 その高橋さんはこういったのです。「折角、生きているのだから。・・・・。乗りこえていかなくては」。そうです。ぼくたちは、折角生きているのです。だから。そう。なにか意義のあることをしなくては。

 高橋さん、ありがとうございました。(A) google down Switonperkerbti

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