2011年6月のアーカイブ

2011.06.27  つい、笑ってしまって、失礼。

【高濃度の放射能に汚染された水の浄化】。
福島第一原発ではこの作業が、いま重要なテーマになっています。汚染された水を浄化して、原子炉を冷やす水として循環活用しようというわけです。恐ろしい原因である放射能を早く除去しなければ、問題解決の歩みは進まない。原因除去が急がれます。

そのために米国キュリオン社の除去装置と、フランスのアルバ製の除去装置が動員されている。この作業は①油の分離→②米国製装置はセシウム除去、フランスのアルバ社製装置は除染→③日本製装置で淡水化というような流れらしく、浄化量は1日に1万2000トン。これを原子炉冷却に、という。

6月22日の朝日新聞は次のように報じました。
 「東電は22日、継続中の試験運転で、これまでに1800トンを超える高濃度汚染水を処理したと発表した。処理後の濃度は10万分の1程度に下がり、発電所内にたまっている汚染水も減りつつあるという。あと1〜2日試運転をしたうえで本格運転を再開する。」

これを読んで、ちょっとホッとしました。
ところが翌23日、朝日新聞に「汚染水、除去装置素通り」の見出しが。えっ? またトラブルか? こういう記事です。
 「東京電力福島第一原子力発電所の汚染水処理施設で浄化性能が思うように上がらなかったトラブルについて、東電は23日、放射性物質のセシウムを吸着する装置の一部で弁が誤って開いていたことが原因と発表した。汚染水が浄化されずに装置を素通りしている部分があったという。作業員が弁に開閉の表示を書いた際に、逆に書き間違えていた。同日未明、弁を閉めたうえで試験を再開した。
 問題があったのは米キュリオン社の装置で、本来なら1千分の1程度まで放射能濃度を下げられるはずが、50分の1程度にしか下げられなかった。
 装置は、容器が三つ直列につながる系統が4系統あり、汚染水を浄化するしくみ。調査によると、そのうちの1系統で、本来閉っている弁が開いており、汚染水が処理されずに下流に流れている部分が見つかったという。」

あらららら、なんてことでしょう!
閉めておくべき弁を、開けてしまっていたのです。危険な現場のなかで作業される方がたのご苦労は言い尽くせぬものがあり、安全無事を祈っていました。しかし、「閉める」を「開けていた」? 勘違い? だれも確認していなかった?
 
ぼくは、思わず笑ってしまいました。
現場の苦難を思えば、不謹慎ですが。あまりのお粗末に驚いてしまったのです。
「閉める」と「開ける」は反対の操作だから、取扱い説明書に明確な指示と注意がされていたと思います。またもや、「想定外」のことが起きました。
 こうして、重要な作業が遅れていく。現場の士気にも影響するでしょう。いまも、放射能は建屋地下にたまり続けているという。この先が気になります。
世界最大の電力会社東電って、大丈夫なのでしょうか。ダメにもほどがありませんか。

東電は、国有化し国が責任をもつ事業にするのがよいと思えてきました。電力は、利益を考える私企業が行う事業ではないように思えるのです。(A)
 

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2011.06.22  経済産業大臣は、国民を無視している


6月18日、海江田経産大臣は現在停止中の原発の「安全宣言」を発表。国際原子力機関(IAEA)の会議では、「日本は原子力政策を継続する」と発言(NHKニュース)。いったいどんな根拠があって、こういう断言ができるだろう? 国民は、ぼくたちはまだ原発の安全を認めてなんかいないと思うし、原子力政策の続行なども賛成した覚えはありません。

でも、社会の現実が素早く反応しています。注目です。
① 大阪府:橋下知事は関西電力八木社長との会談で、「新規原発の建設中止や老朽化原発の操業延長停止を改めて主張」(朝日新聞6月22日)。
② 福井県:13基と全国で一番多くの原発をもつ福井県ですが「安全上の疑問が解決されていない」として再稼働の説得に応じなかった。
③ 滋賀県:福井県に隣接する滋賀県の嘉田由紀子知事は「浜岡原発以外は安全だと言われても、(福井県)若狭の人が信じられないのと同じで信じられない」と発言。原発の廃止を改めて主張した。
嘉田知事は、元官房長官の武村正義氏が講演で語った言葉を引用し、代替エネルギーの活用で『原発に頼らず、卒業しよう』と『卒原発』を訴えた(朝日新聞6月22日)。
④ ほかに、山形県の吉村美栄子知事も脱原発を発表している。
⑤ また、九州の原発予定地で建設準備が始まっている自治体の長は、原発に頼らない方法も検討範囲に入れたいという主旨の発言をして注目されている。

これが現在の地方自治体の意向であるのに、海江田大臣は国民・住民の意向を無視して、一方的に原発継続を内外で公表してしまいました。無責任のそしりを免れません。なぜ政治家たちは、利権に縛られ業界代弁者的な発言に走るのか。愚かな政治の被害者は、いつも国民市民なのです。

かつて昭和時代も、国民はなにも知らされないまま軍部と政治によってアメリカ軍に追いつめられた上に、2回も原爆を受けて悲惨な大敗戦に追い込まれました。終戦ではなく、敗戦。ぼくたちはよほどしっかり意識していないと、とんでもない被害者に追い込まれかねません。

福島原発の現状は、情けないほど改善が進んでいません。
水素爆発で破壊された建屋。原子炉はメルトダウン。冷やせないままの使用済み核燃料。毎日排出される汚染排水。アメリカ製とフランス製の新鋭放射能除去装置も機能せず。溜まる一方の汚染水。出続ける放射線・・・。
一体、収束の可能性はあるのか? とあきれながら国民は見守っています。避難させられた人たちはいつ住み慣れた家に帰ることが出来るのか。いま、東電と原子力保安院に対して、信用できるなにものもないのです。

滋賀県知事の言葉「原発を卒業しよう」は、日本の新しい「合い言葉」に思えます。常識であり良識でしょう。原発はすでに「禍根をもたらす過去の文明」であることが証明されました。明るい希望が無いのですから。
原発に代わる安全・クリーンな再生可能発電の案が出そろってきました。日本は知恵と技術の総力をあげて、それらを実現普及し安全安価な電気を創り出す。そうありたいものです。送電と発電も分け、地域のなかで自足できる電気の民主化を夢みます。(A)

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2011.06.15  【10万年後の安全】と【イタリア国民投票】

ドキュメンタリー映画【10万年後の安全】を見ました。
使用したウラン燃料を、どのように捨て(閉じ込め)れば生命は安全なのか。フィンランドで、その捨て場づくりの大工事が始まっている。それを取材した記録映画です。(この映画では、放射能物質が生物に無害となるのを10万年としており、上記の題名に。原題はInto Eternity)。

古代にできた堅固な岩盤地帯を探し当て、地下500メートルまで螺旋状に掘り進み、その奥に広大な埋葬場所をつくるという大工事。北欧の静寂な森の下が、原子力という文明の墓場なのです。5基めを建設中のフィンランドは、それら原発の使用済みウラン燃料(いわば「死の灰」)をここに、10万年後の人類(生き残っていればの話ですが)に、さまざまな記録文書とともに閉じ込めるという。タイムカプセルのように。(しかし、その遺言を10万年後の言語を話す人類の末裔は、読めるでしょうか?)

この映画は放射能の「恐ろしさの真実」をアピールする効果はあるかも知れない。しかし問題解決の方向を指し示してはいない。皆さん考えてほしいというのでしょうか。
数学的計算上は、これで万事安全なのかも知れません。しかし一体ぜんたい、どうして、このように「ばかばかしいこと」を人間はしなければいけないのか。超・危険なものをこしらえておいて、それを厖大な金銭を使って埋蔵しようといいうのです。原因は原発。ならば原因を除けば、埋蔵の必要なんかないはずです。
それとも、この国家的事業もまた、某企業が請け負って利益を上げるための仕組みなのか。限りなく深刻、限りなく愚かな行為を人間は始めている。と、ぼくは感じました。原発は、すでに「遅れた文明」だと思います。これからの人間社会に希望を示す文明ではない。危険は廃棄すべきでしょう。

原爆の広島と長崎、水爆実験の第五福竜丸。日本人は3回も「核兵器」によって「人体実験」されてきた民族です。放射能の恐ろしさを世界で最もよく知っているべき民族なのに・・・。これほど危険なものを、単に「発電」というだけのために利用するなんて、どうかしていると今回気づきました。原発によって利益を上げる仕組みが政治家と官僚を巻き込み、国民を翻弄してきたのではないでしょうか。なおも原発推進をいう声には、その背景を探って見る必要があると思います。鵜呑みは、もうやめましょう。

日本は原発が排出する放射能廃棄物の捨て場を、いまだに確保していないという。ぼくたちは、こういう基本的な事実さえよく知らずに、実に呑気に暮らしてきました。
実はきょう、ぼくは、フランス語の先生にあきれられてしまったのです。「フクシマ原発から40年。どうしてその間に、放射能廃棄物を捨てる方法や場所を決めてこなかったのか?」と問われ、答えに窮したのです。「政府と電力会社は前から内々決めた地域があるだろう。しかし、地元の反対で工事を始めることができないのだと思います」と、しどろもどろに答えたのですが、説明になっていませんでした。

あとあとの処理方法も決めず、十分な説明もせずに、日本は補助金の力で54基の原発をつくり、国民はそれを受入れてきたのでした。恥ずかしい市民だったと赤面しました。
国家的戦略というものをもたない国の実態が、いま国民にさらされています。
1960年代以来、前政権時代に国の総力を挙げ原子力発電所の建設を推進してきた日本。菅首相に罪はない。あっても軽い。であるのに、国会議員、マスコミは退陣要求の大合唱。ものごとの本質を論じる人はいないのでしょうか。


イタリアから、感動的なニュース
イタリアは国民投票によって「脱原発」を選択しました。感動的なニュースでした。国民に良識がある、と。首相も、脱原発をめざす国イタリアとなったことを笑顔で語っていた。かつては原発推進者だった人が、です。これが民主主義社会なのでしょう。
ドイツ、スイスはさらに早く脱原発を公表。オーストリアはずっと早くから国民が反原発を採択、先進性を示していました。これら「考える市民」のいる国には安全弁がある。目先の金に振り回され(簡単に騙され)る国民の国は、いまも依然として解決のメドが立たない苦難に翻弄されています。
うまい話は疑ってかかろう。改めての自戒です。

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