2011年7月のアーカイブ

2011.07.27  なんだか、あさましいような・・・

なんだか、あさましいような・・・

先週金曜日、こんな話を耳にしました。
「なでしこジャパン」をテレビコマーシャルに、と手を挙げた企業が70社にのぼっている、というのです。
 「なでしこチーム」はドイツ大会出場以来、企業と広告代理店から虎視眈々と狙われていたのでしょう。そして7月18日(月)の、あの劇的な優勝。それから獲得争奪活動が激化、3日後には70社。現在は何社に?

 なんだか「あさましい」動きのように感じてしまいました。雌鹿に群がるハイエナの群れのような、欲望ギラギラの目つきが浮かびます。スポーツの栄光を金で買い取り、自社の利益のために利用する。金額が多いほど、もしかすると「なでしこ」たちは汚れていくのではないか?
 いや、これも市場経済の当たり前の日常のシーンだよ、というべきでしょうか。

 世界一の評判チームは、選手は、一体いくらで「売買」されるのか。スポーツは、爽やかなスポーツのままで終わってはいけないのか。
 なでしこたちの多くは日ごろ恵まれない経済的環境にあり、それでも一流のサッカーをという情熱でがんばってきたのではなかったか。その間、企業たちはどれほどの支援をしてきたのか。超・有名になったとたん、企業はその名誉ある「なでしこ」を自分の看板に利用したいという。

 ちょっと待ってほしい。市民たちの純真な声援と勝利への評価、そして感謝の言葉のかずかず。感動して流した涙。そういう素朴な人間心情がコマーシャル(商行為)によって穢され、汚されていくことはないのでしょうか。

 いま、ぼくは面白くない気分でこれを書いています。友よ、君たちは、あなたたちはどういう気持になっていますか。上手なテレビコマーシャルにつくられればつくられるほど、いやらしい。そんな気分なのです。「本質」がどこかに吹き飛んでしまっているからでしょう、きっと。(2011.07.27.A)

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2011.07.19  ありがとう「なでしこジャパン」

ローマは一日にして成らずというけれど、一瞬で記録される歴史もあるのですね。アナウンサーが「勝った、勝った、ニッポン勝った!!」と絶叫したとき、日本と世界に画期的な新事実が起こりました。女子サッカー世界選手権ドイツ大会で、「なでしこジャパン」がアメリカを破って優勝。そして2011年7月17日のこの事実は一瞬で記録となり、歴史になったのです。

獲得した点数や数字で勝ち負けを決めるスポーツ競技。もっとも明快な優劣評価です。この明晰な評価にかかわることのできた監督と選手たち、そして関係者たちの深い幸せを思います。
テレビ映像で勝利の瞬間を見たときぼくは鳥肌がたち、胸がつまり、言葉が出なかった。特別な喜びは「アメリカ」に勝ったこと。ほかのどんな国でもなく、相手がアメリカであったという、実に他愛のない個人的な感情が燃えました。そして、ティッシュペーパーが必要でした。

勝者たち。この日を、強い意志で夢み、目指し、自分改革しつづけ、希望という目標で連帯してきた女性たち。働きながら夕方の練習に参加した人も多いという。世界の大舞台で不可能にも近い足跡を刻んだ女性たち。彼女たちを貫いていた心棒は、「志」だっただろうと思います。そして日常心。スター根性ではない。その顔の表情と態度を見て、ぼくはそういうものを感じました。

ひょっとしてそれは、かつて「武士道」といわれた道徳性ではないだろうか。そんな連想も浮かびました。
日本中の市民たちは「なでしこジャパン」の優勝・世界一から、それぞれに大きな贈り物を頂いたことでしょう。ぼくは改めて「夢」と「希望」そして「忍耐」の大切さを思いました。80歳からの人生にも、夢と希望、そして忍耐は必要なのです。まして若い友にとって、強い意志の力で自分の夢を描き、希望を掲げ、なでしこのように連帯してほしいと思います。志を燃やしてほしい。

(自分の来し方には、死に直面した重篤の病気の日があった。それを生き抜いたのは夢と希望だった。死神を許さない覚悟だった。才能に乏しい自分、それを鼓舞し努力の持続をさせ、自分らしさの創造へ、を自覚させたのも志だった、ポジティブな姿勢だった。などが回想されます)。
「なでしこ」たちの努力はどれほどのものであったか。恐らく想像を絶するレベルでしょう。氷山の一角が世界一の栄冠であり、その結果を生み出した努力の塊は水中にあって見えません。

武士道と上に書きましたが、米国メディアが称讃した背景には「技」を超えた日本人の精神性を感じとったことがあったのではないでしょうか。それと同時に米国ジャーナリストの客観的視点と公平性に感じるものがありました。

日本を変えていくのは女性であろうと、30年も前に若い友と語り合ったことを思い出します。小国・無資源国の日本、人口過密の日本。つねに、卑屈なまでに米国追従に終始してきたこれまでの日本の政府・官僚・財界。そのツケとしての東電福島第一原発の収拾のつかない爆発事故と放射能放出。

こうした現実のなかに生まれた純度の高い勝利。つましいギャラで、働きながらの成果は、いっそう尊いものに思えます。各分野で日本人が見習うべき多くのことを、あの女性チームはもたらしたと思います。

ほんとうにありがとう、「なでしこジャパン」。(A)

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2011.07.12  12歳の少女が起こしたスタンディング・オベイション

国連「地球環境サミット」の本会議場で、並みいる世界の代表たちを「スタンディング・オベイション」させた12歳の少女がいました。1992年6月、ブラジルのリオ・デ・ジャネイロで行われた会議で、その少女が行った6分間のスピーチです。

そのニュースは世界を駆け巡り、日本でも話題になりました。少女の名はセヴァン・スズキ。彼女はなにを語ったのでしょう。
テーマは「あなたが世界を変える日」。子どもの立場で考える地球についてのアピールでした。地球環境を考えるとは、未来を考えること。未来の市民、主人公は子どもたち。それなら「地球環境サミット」は「子どもたちの声」を聞くべきだと考えたのでしょう。

セヴァンは自力で寄付を集めてブラジルまでの旅費・滞在費を作り、子どもたち5人と両親+大人1人を「連れて」リオに飛んだという。なんというコミュニケーション力と行動力!でしょう。
彼女は大人たちがつくった地球の現状を指摘し、地球に生きるすべての生命のあるべき姿を語りました。
「どうやって直すのかわからないものを、こわしつづけるのはもうやめてください」。
リオの「地球環境サミット」で唯一、出席者全員が立ち上がって拍手をつづけたというのです。

さらにセヴァンはこう言います。(全文引用したいのですが長くなりできません)。
 「学校で、いや、幼稚園でさえ、あなたたち大人は私たち子どもに、世の中でどうふるまうかを教えてくれます。たとえば、
 *争いをしないこと
 *話しあいで解決すること
 *他人を尊重すること  
 *ちらかしたら自分でかたづけること
 *ほかの生き物をむやみに傷つけないこと
 *わかちあうこと 
 *そして欲ばらないこと

 ならばなぜ、あなたたちは、私たちにするなということを、しているんですか。
 なぜあなたたちが今こうした会議に出席しているのか、どうか忘れないでください。そしていったい、だれのためにやっているのか。
 それはあなたたちの子ども、つまり私たちのためです。みなさんはこういう会議で、私たちがどんな世界に育ち生きていくのかを決めているんです」

この少女セヴァンのアピールに感銘を受け、ドキュメンタリー映画化を考えた監督がいました。フランス人のジャン=ポール・ジョー監督です。いま、その映画が上映されています。日本の題名は『セヴァンの地球のなおし方』。
(英語では” The voice of our children”。 フランス語では”La voiz de nos enfants”。いずれも「私たちの子どもたちの声」という題名で、ぼくはこちらの方が好ましいと思いましたが)。

上映館は、
◎東京都写真美術館ホール:電話03-3280-0099
◎渋谷アップリンク:電話 03-6825-5502 。
全国順次公開へ。

ドキュメンタリーの手法も、影像も、優れて、鑑賞にも耐える優れた映画だと思いました。とくに心に残ったのは、いまは母親になったセヴァンが、希望について語るときの表情の美しさです。内側からやわらかい光がさしてくるような、観音さまのような慈悲に満ちた美しさは、静かな説得力をもっていたと思います。

日本人の血を受け継いでいる女性セヴァン・スズキ。その人間性が語る生命への愛。それが、欲望に支配されがちな大人の現実世界をどこまで変えていくことができるのか。それは、私たち地球市民の共感と自覚、そして行動にかかっているように思えました。

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