The Interviews

石川淳哉「ソーシャルグッドの男」 Vol.02

『世界がもし100人の村だったら』
との出会いで僕は変わった

ドリームデザイングループの代表取締役である石川淳哉は、2016年4月、会社をホールディングス化すると同時に、個人の仕事は全てソーシャルグッドに関する物だけを扱うという「100%ソーシャルグッド」宣言をした。それまで典型的な広告プロデューサーとして生きていた石川を変えたのは、311東日本大震災より前、911テロの直後に出会った一冊の本だった。
(取材・文/水谷美紀)

順調な日々に起こった911

水谷 前回(Vol.01)のお話で、ソーシャルグッドに関わるようになったきっかけが、絵本『世界がもし100人の村だったら』(マガジンハウス刊)との出会いだとうかがいました。どのようにしてこの絵本と出会ったのですか?

石川 実は仕事で出会ったんです。この会社を設立して3年目、2001年のことです。911の直後に、僕の出発点であるマガジンハウス時代の恩師から「小さい仕事だけど、書籍を出すから広告を手伝って欲しい」と依頼されました。そこで初めてこの本の存在を知ったのです。

水谷 それが人生を変えるきっかけになるとは面白いですね。

石川 ちょうど911をきっかけに、社会の在り方に対して危機感を覚えていた頃でもありました。正直、この業界に入ってからずっと、仕事は面白いように上手くいっていて、自分はこの業界できっとやっていけるなと手応えを感じていました。デジタル化し始めた業界と相まって、実際オファーも多く、若かった事もあって当時はかなり調子に乗っていました。そこに911が起こります。そんな自惚れなんて一瞬で吹き飛んでしまった。これは大変なことが起こった、世界の核がずれてしまったと恐怖しました。それまでは国と国とが争っていたものがセル同士の争いになり、世界中のどこで何が起こってもおかしくない世界に変わってしまった。その時、自分はこの先どう生きるべきか、コミュニケーションを生業にしている自分は今後どんな仕事をしていくべきか、真剣に考えました。当時も今も「クリエイティブって誰のためにどうあるべきなんだろう?」ということをずっと考えていますが、『世界がもし100人の村だったら』との出会いが、最終的にこの問いに対する一つの大きなヒントになりましたね。

広告とは真逆の喜びを得て

水谷 『世界が〜』は当時ベストセラーになり、今もたくさんの人に愛されている絵本ですが、どこにそれほど惹かれたのでしょう。

石川 この絵本は「世界をもし100人の村に例えたらどうなるか」という新しいモデルを提示することで平和について考えさせる内容で、世界の課題、見えざる敵、見えざる誤解が可視化されています。そういった内容にももちろん感銘を受けましたが、それ以上に僕は、この絵本をお母さんが子供に読み聞かせすることで、世界が明らかに少しずつ良く変わっていっている、という実感を得ました。しかもその実感は、これまで携わって来た広告が持つブラックボックス、つまり納品して世には出るけど直接評価されることはないという気持ち悪さとは正反対のもので、とても気持ち良かったんです。さらに絵本自体も、学級副委員長がキーキー声でがなり立てる感じじゃなく、やわらかいクリエイティブによって伝えられている。そこに大きな可能性を感じました。その時に初めて「世界の課題や混沌に気づくことをデザインできたら」という想いが芽生えたんです。

石川 僕はこの絵本に関しては、テーマソングを作ったりテレビや新聞、雑誌に広告を出したりホームページを作成するなどの、いわゆる広告プロデュースをしましたが、実際この本は広告が効いているというより、本そのものの魅力が一人歩きする形で売れて行きました。初版8,000部からスタートしたこの本は、ベストセラーになり、あらゆるメディアで取り上げられ、社会現象にまでなりました。これに関わったことで、世界の複雑で混沌とした社会課題に対し、クリエイティブでわかりやすい入口を作ることがどれだけ重要であるかを感じることが出来たんです。この快感は今までに感じたことのない種類のもので、脳と身体中の細胞が沸騰したんです。その後、世界で初めてパブリックビューイングという仕組みを、災害情報支援サイト『助けあいジャパン』を、世界中でエキシビションを展開中の平和アートプロジェクト『retired weapons』をスタートさせることが出来ましたが、この絵本との出会いがなかったら、どれもやっていなかったと断言できますね。ここから始まっちゃったんです。

“金持ちの道楽”ではありません

水谷 それから約15年で、個人の仕事を100%ソーシャルグッドにすると宣言されたわけですが、特に会社を運営されている以上、マネタイズは重要ですよね。その辺りはどうお考えですか?

石川 ええ、宣言しただけではなくて2015年1月から、実際に僕のアクションは全てソーシャルグッド案件にできました。しかし、逆に15年もかかっちゃったとも言えます。現状、僕個人の仕事を100%ソーシャルグッドに出来ているのは、ドリームデザイン業績が順調だからです。会社の皆に感謝ですね。僕がおこなっているソーシャルグッドはボランティア活動ではありません。継続可能なマネタイズやマネジメントをちゃんと成し遂げなくてはいけないし、この業界の後進にその枠組みを譲り渡したいとも考えています。僕が関わるソーシャルグッドは全て、社会的価値と経済的価値を両立させていく方針です。そういう意味では、ただ今、絶賛獣道開発中ってとこですかね。

水谷 石川さん以外にも、ソーシャルグッドに取り組んでいる方や団体は沢山ありますが、どこも苦戦している印象です。正直、大変じゃないですか?

石川 そりゃあ大変ですよ。ないものを作るって。でもさ、必要じゃない? 誰かがやんなきゃなんない。それをたまたま僕がやっているというだけのことです。何故なら、それがドリームデザイン(ユメ ヲ カタチ ニ)という会社の代表である僕の夢だから。

水谷 ソーシャルグッドな活動に参加している人の中には、完全なるボランティア精神で動いている方も多く、石川さんに対しても、経済的に余裕があってボランティアに走り回っているように誤解している人も多いのではないでしょうか。

石川 その誤解は間違いなくあると思うね。でも実際はまったくそうではないけれど、社会的価値と経済的価値を両立できる手応えを少しずつ感じているところです。新しい仕組みが出来上がるかもしれませんよ。

水谷 そのあたりの真相も含め、次回は石川さんが取り組んでらっしゃるソーシャルグッドの中身について詳しくお聞かせください。

Vol.03 ソーシャルグッドが人生をもう一段、豊かにする
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石川淳哉junya ishikawa

ソーシャルグッド・プロデューサー
1962年大分県生まれ。世界のさまざまな社会課題を解決するために、クリエイティブの可能性を追求する人生と決断。
株式会社ドリームデザイン(HD)代表取締役、株式会社ベターワールドエナジー取締役、公益社団法人助けあいジャパン共同代表理事、一般社団法人with ALS理事、一般社団法人国際平和映像祭顧問

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