The Interviews

操上勝司「未来を描くデジタルマーケティング」 Vol.05

アクションを起こさせるコンテンツ

さまざまなコンテンツがあふれる中、単なる情報とコンテンツの境がなくなり特にデジタルは、消費されるだけの情報的なものが増えています。操上はそれらをどうとらえているのか。そして今後、求められるコンテンツの方向性は?
(取材・文/水谷美紀)

質を問わないコンテンツの蔓延

昨年末キュレーションサイトを巡る一連のトラブルが大きく報道されたこともあり、このところコンテンツって何だろう? と改めて考えています。

どんなものでもメディアに上がれば、それはコンテンツと言うことができます。けれどもその中には、単に人の時間を奪うだけのコンテンツと、1週間かけて読み込んでもいいと思える価値あるコンテンツが混在しています。

その前にまず前提として、僕は後に何も残らないコンテンツが全てダメだとは思っていません。テレビでバラエティ番組を観るように、ゲームをしたり、SNSをぼうっと眺めることでリフレッシュできることもあり、それはそれで有効な使い方です。ユーザー側も初めから、そういうものに多くの価値を求めていない。価値が低くてもいいと思っているわけです。

ただ明確な価値を提供しようという意図で作られたコンテンツの場合、結果なにもなかった、では困ります。単に人の時間を奪うだけで終わることは、制作側としてあってはならない。でも今、それが多い。「ネットのコンテンツは質が悪い」と言われるのは、手軽に作れるからといって、この点に無自覚な制作者が増えたからではないでしょうか。

インターネットにおける「シェア」「リンクフリー」の文化というのは、ヒッピー的な考えで生まれており、元々は情報を共有し合おうという純粋なものでした。ところがそこにお金を儲けられるシステムが入ったことで、目的が知識欲ではなく、お金になってしまった。それまで無料で共有できていた情報を、安い労働力でコンテンツに作り替え、お金を取る。しかも今ではそのクオリティで構わないという軽いマーケットも存在しています。これが質の低いコンテンツが蔓延した一つの原因です。

「お土産のある」コンテンツを!

僕は、価値のあるコンテンツ、見てよかった、読んでよかったと思えるコンテンツというのは、「お土産のある」コンテンツだと思っています。

例えばインタビューでも、ただ読んで終わるのではなく、その中に思わず検索したくなる言葉が盛り込まれているなど、読み手に何かのアクションを起こさせることが、価値のあるコンテンツだと考えます。

今はスピードの時代だと言われ、一見なんでも簡単でないとダメなように思われがちですが、そんなことはないと思います。読むのに1週間かかっても、そこに大きなお土産があるなら、忙しくても、難解でも、アクセスしたいと思うのではないでしょうか。時代が変わっても、コンテンツに対して求められていることは、実はあまり変わっていないような気がしています。

先日、『Octane(オクタン日本版)』という、クラシックカーやヴィンテージカーを扱うイギリスの総合誌を読んだのですが、記事がとても良く、驚きました。単なる車の知識だけでなく、車の歴史や当時の背景などの造詣が深く、「ちゃんと書かれている」読む価値の高い記事でした。まさに安かろう悪かろうの対極にあるコンテンツです。内容が充実しているので、こちらもじっくり読むわけですが、とても満足度が高い。まさに3秒では書けない記事であり、僕はこの記事からたくさんのお土産をもらいました。これは雑誌でしたが、特にウェブに関しては、簡単に作られて、簡単に消費されているものが良いかのような風潮があります。でも本当に満足したかったら、それでは絶対に物足りない。

3秒で書けるものはやはり3秒で消え、後には何も残りません。そして、本当に我々はそれを求めているのか。受け手の意識も、問い直され始めています。安かろう悪かろうだけの時代から、やっぱり必要なクオリティは追及していこうという時代に、再び入っているのではないでしょうか。ただその表現や取り入れる手段は、時代や環境に合わせて変化が必要な場合もあります。デジタルコンテンツはその最たるものでしょう。

そのコンテンツ、本当に必要ですか?

質にこだわっても、どうせ誰にも届かない。誰も質なんて求めていない。そう思ってしまったら、世の中は価値のないコンテンツだらけになってしまいます。「良さなんてわかってもらえない」「手を抜いてもわからない」そう考える人もいるでしょうが、そんなことはないと思います。届く人に届けば、他の人にも届いて行く。作り手の想いがしっかりとあり、そこに正しく技術を投入すれば、必ず響くと僕は考えます。

Vol.03でお話しした、idiomが携わっている仕事で、面白いことがありました。展示会に流す動画を制作したのですが、そこで流す音楽をディレクターに依頼し、オリジナルを作ってもらいました。仕上がった曲を聴いてみると想像より尖った印象で、採用するのを一瞬迷ったのですが、繰り返し聴くとその曲しかないと思えて来て、そのまま使用しました。作ったディレクターから曲についての細かい説明はありませんでした。

ところが展示会の会場でその動画を流していたら、一人の外国人のお客様がやって来て「この曲とてもいいね」と褒めてくれたんです。しかもさらに続けて「これ、モールス信号だよね」と。僕はその時に初めて、その曲がモールス信号を音に変換した物であることを知りました。こちらからのオーダーではなく、彼の個人的なこだわりだったためか、彼はそのことを僕に一言も話さなかったんです。

そんな彼の姿勢もカッコいいと思いましたが、それ以上に、ちゃんと作っていれば伝わる人には伝わるんだと、とても感心しました。最近はフリーで使用できる楽曲があり、音楽に重きを置かない仕事や予算のない仕事の場合、しばしば使われています。けれどもやはりそれでは、人の心は惹き付けられない。あのお客様のような方は現れないと思います。

もちろん予算の都合で作曲家に依頼できない場合もあるでしょう。けれども、それならまず予算配分から見直せばいい。特に動画の世界は今やiPhoneでも4K映像が撮影できます。ドローンがあればクレーンを使わなくても撮影できます。少数精鋭でおこなえば制作部分はかなり圧縮できる時代なのです。

これまで動画はやたらと費用がかかるものという共通認識でしたが、そこも変わり始めています。スタッフを減らすことが質の低下ではない時代になったのです。そのように、あらゆる新しい可能性が見えて来た今、いたずらに質の低い、提供する価値を持たないコンテンツを生み出すことが本当に必要かどうか、もう一度、考える時期に来ているのではないでしょうか。

Vol.06 デジタルは未来を歩くパートナー
idiom 操上勝司 katsushi kurigami

操上勝司katsushi kurigami

1966年生まれ。
最近、自転車に乗って自分は坂を登るのが好きだと気付いたクリエイターです。

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