article

2011.04.28 03:06

ミラノサローネで世界進出

ミラノサローネで失敗しないために

安西洋之さんの日経ビジネスオンラインの記事「ミラノサローネで失敗しないために」にインスパイアされてこの記事を書こうと決めた。あんまりでしゃばるつもりは無かったのだが、311以降の日本に、そんな余裕は無いでしょ。投資通り、もしくは投資以上の化学反応を享受していただくために一歩だけ前に出てみようと思う。

2011ミラノサローネ。日本が余震で深刻な時にも、ヨーロッパのデザインを支え、デザインに支えられて来たこの街は元気だ。だからこそ、この地球は維持できている、それはそれ、大切なことだ。ぼく自身は、三度目のミラノサローネ。最初は2007年、アーティストとして。2010、2011年は、クライアントワークやロケハンで連続参加している。その経験をもとに気付いた視点を書かせていただくことにする。

偶発的な成功

2007年、ある建築事務所「lombardini22」のオープニングのイベントとして世界的コンペがあった。アートプロデューサー中牟田洋一さんに誘われるまま「まあ、出してみるか?」とエントリーしてみた。そんな中からボクと徳田祐司が2005年にはじめたピースアートプロジェクト「retired weapons」が選ばれた。決まってから一ヶ月しかなかったけど、そんなことは一切無視して無謀にも急遽参加を決めた。下にロケーションマップを貼ったがジェノバ駅から下がったメイン会場とは線路を挟んだ裏びれた場所での展示だった。ヤマハやレクサスが素晴らしい場所でやっているのを羨望の眼差しで指を銜えながら準備をしていたのを想いだす。当時のプレスリリースも出て来たので貼っておく。>>retiredweaponsのプレスリリース

新聞のトップ記事に

トップに貼った新聞の画像を見て欲しい。これは、ミラノサローネ開催日の文化欄だ。昨年までの45年間は、右半分、ソファと電気スタンドの展示会だったが、今年のミラノサローネには、花が咲いた戦車がやってきた。と書いているらしい。おわかりだろうか、期せずして凄い準備をして意気揚々と乗り込んだ世界中のメーカーを完全に食ってしまったのだ。これは、当時どこにいってもこのくらいの扱いをしていただいていたので当たり前だと思っていたのだけれども、二回三回とミラノに来る度に、実は凄いことだったのだと思わざるを得ない。ただ、これには偶然の一致があった。日本には「上を向いて歩こう」という名曲があるが、戦後ムッソリーニ体制下で多くの若者が命を失ったイタリアの復興と平和の歌が「花が咲いた戦車」という題名だったらしいのだ。だから、老人から子供まで「PACE(peace)」と叫びながら、この歌を口ずさんで会場に入って来た。イタリアの平和のシンボルが実際のカタチになって帰って来たという物語を創ってしまったというわけだ。新聞だけじゃない。世界中のメディアが取材に来てくれ、大きな紙面・時間をretiredweaponsに提供してくれた。

必要不可欠な四つの事柄

話を元に戻そう。気付いた点でしたね、そう、日本企業はもったいないなあと思うのだ。今後、もっともっと、世界に進出しなければならない日本企業のヒントになればと思って、書かせていただく。

①「ローカリゼーション」の重要性:ミラノに行くと日本企業の方と話しをする機会が多い。色んなパーティや、バルバッソ(世界中のデザイナーや企業の担当者で店のキャパシティの10倍ほどの人で埋まる老舗のバー)で、ちょっと緩めに話をする。そうすると大概こういう話になる。日本の市場を賑わすため、ミラノでぶちあげて日本に話題を逆輸入する、というようなスキームを話してくれる人が多い。今まではそれでよかったかもしれないが、もはや、もはや、それは無いだろう。まずは、本気で海外戦略を立てていただきたい。じゃなければ、代理店は「やめたほうがいい」というべきだと思う。無駄はさせない、それが真のクライアントサービスだ。じゃあ、本気で出るとしたらどうしたらいいか?相手が受け取りやすいような現地や世界に向けた情報加工をする。シンプルに言うとそれだけだ。そういう発想が出来る人、機能を配置。

②「広範な人的ネットワーク」の重要性:毎年、ミラノに集うデザイナー陣の顔ぶれは一緒だ。日本人も外人も、ミラノにいることがステイタスでなんだか無理矢理なショーケースになっている。それとなんだか変なことになっていて、プロダクトデザイナーやインテリアデザイナーが展示までオーガナイズしている場合が多い。どうしてもディテールから入ってしまい、コミュニケーションの芯やコトバやコンセプトを考えるまで辿り着いていないと感じる。表現が表に出ていないのだ。このインスタレーション、気持ちのいい光でしょう?じゃ”気持ちいい”が残るかもしれないが、商品や技術の”核心”にまで辿り着かない。プロダクトデザインやインテリアデザインとイベントデザインは完全に分離させるべきだ。イタリアのガイドなら別に雇えば良いし、会場押さえならもっと出来る人がいる。PR?いわずもがなだ。プロダクトデザイナーやインテリアデザイナーはそんなにベッケンバウアーのようなオールラウンドプレイヤーじゃあない。そういう発想が出来る人、機能を配置。

③「ソーシャルPR」の重要性:今回気付いた点で一番大きいのは、ここかも知れない。ミラノサローネのプレスの様子がいつもとは完全に違ったのだ。世界中雑誌が持つカリスマ性が影を潜めて来ている中で、インターネットをより重視した環境になっていた。従来型の雑誌に強いPR会社が現地のネットワークとジョイントしたって無駄打ちが多いだろうな。それに、昨年まではMiFiマイファイがなければ相当厳しかったインターネット環境が、3G回線で面白いように動いた。来年はきっとMiFiマイファイは必要ない。会場に行くにも分厚い本は必要なく、iPhoneかiPadがあれば十分なのだ。とにかく、レンタル乗り捨て自転車でカフェに乗り付け、iPadで記事を書き世界中にその場からブログ、twitter、Facebookに発信する人のなんと多かったことか。ミラノサローネのiPhoneアプリは今まで見た中で一番よくできたアプリ(ウェブもある)だったと思う。これさえあれば、十分だ。TeamLAB☆の「MILANO360°」は、いいチャレンジをしていたと思う。残念ながらテクノロジーに寄りすぎていたのと360°の写真は、自分を中心に後ろまでをカバーしているが、商品や会場中心にはなり得なく、結果的に観たくて堪らない写真にはなっていなかった。が試みは素晴らしい。東京にいて、ミラノサローネを味わえる。定点のアーカイブになる。この価値は素晴らしいと思うのだ。来年のバージョンアップを期待したい。一人の足を留め、その人の感動が世界中に広がって行く流れを創りきる。そういう発想が出来る人、機能を配置。

④「クリエイティブメディア発想」の重要性:人は興味の範囲の内側で生きている。関心事は、なかなか頭をもたげ外に出て来てはくれない。多くの人は今日の夕食のメニュー、デートの構成、子供の進学、さっき買った株券のことなどで心が一杯一杯だ。ミラノサローネに来ている人がいくら何かを探しているといっても、自分の興味範囲ゾーンを持っているわけである。その範囲を越えて、通り過ぎようとしている人々を、街で人を振り向かせ、立ち止まってもらうには、頭と心を相当に砕かないと無理な話だ。そういう努力が出来ないのであれば、ミラノサローネに出るべきではない。振り向いてくれる空間自体を創りだすことをクリエイティブメディアという。2011ミラノサローネ、ボクなら、三つ及第点を出す。HermèsCitroenSAMSUNGだ。惜しいところはYOUNICOSで、ボクならあの発明商品でオープンカフェを創る。場所や空間自体が輝き、メッセージを放つ構造。そういう発想が出来る人、機能を配置。

どうです?こういう機能がオーシャンズ的なチーム編成をしたら、もっと楽しいことが起きるんじゃないかと思うのだけれどどうだろう?というか、実はチャレンジしてみようと決めている。さあ、動き出そう。

【石川淳哉もしくはドリームデザインのクリエイティブメディア事例】
2008.9〜|Panasonic Living SHOWROOM「THINKING BALLOON」 / 2008.6|オリンパス イメージング株式会社 デジタルカメラ μ[ミュー] swシリーズ「新宿に水族館」/ 2008.1〜|ユニリーバ・ジャパン株式会社 AXE WAKE-UP SERVICE INC. NOW OPEN! / 2007.3〜|ユニリーバ・ジャパン株式会社 AXE ローンチプロモーション2007カンヌ国際広告祭ダイレクト部門ショートリスト / 2007.2|ビー・エム・ダブリュー株式会社 MISSING! THE NEW MINI.2007カンヌ国際広告祭メディア部門ショートリスト / 2002.6|SKY PerfecTV! イベント「パブリック・ビューイング・イン東京」2003カンヌ国際広告賞 カンヌ・メディア部門メディアライオン賞(金賞)受賞

article archive