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2012.02.05 16:04

東北に行くってこと

「行くぜ、東北。」キャンペーン

このキャンペーン展開が好き。昨年末から、被災地三県の新幹線の駅でこのポスターが沢山貼られていて、もうボクの脳内にすっかり刷り込まれちゃったせいもあるけど、素直に好き。現地の人たちにも「応援してもらっている感じがしてうれしい」と好評だ。まるで駅をジャックしているかのような勢いなのだけれど、もう一つの側面からみると、被災地の企業の復活もままならず、一般企業も被災地をメディアプランから外したために枠が空いているかもしれない。空いてる場所には「自社広告」が貼られるケースが多い。今の時期は必ずこのポスターが貼られている。その他にノボリや懸垂幕やPOPがあるのだから、この展開は否が応でも目立つのだ。
きっと、JR東日本でも「キャンペーン」をやるべきかどうか、迷っただろうと思う。ボランティアが足りないと叫ばれている中、「観光」メインに東北に誘う事の是非を。そして、熟慮の結果、やると決めたのだろう。でも、センシティブな課題である事には違いない。それを広告代理店の営業やクリエイターがオリエンを受ける。オリエンを受けたクリエイターはとても難しいこの課題に真っ向から立ち向かったのだと思う。少しダルカラーのピンクとブルーを基調にした展開は派手では在るが、ケバケバシクない。ポスターの中だけの世界でなく、空間を占拠した際の色面構成が素敵なのだ。とても計算されたデザインだと思う。何よりもこのコピーが素晴らしい。「いま行かなくて、いつ行くんだ。」ど真ん中、直球。ストレートフォワード。コピーライターとしては、使うのにためらいを感じるだろう。誰にでも言える文章だし、コピーとしては強すぎる。でも、これを躊躇無く「ポンっ」と置いたあたりに抜群のセンスといわざるをえない(今の時点で誰が創ったのかボクは知りません)。しかし、これ、16種類あるポスターの中の一枚にしか使われていない。しかも「行くぜ、東北。」がタイトルでありキャッチコピーを兼ねているのでどうしてもコピーとしても二番目の扱いを受けてしまう。「いま行かなくて、いつ行くんだ。」入れてくれてありがとう。この小さなチャレンジをボクは見逃したくない。


ポスターは全部で16種類

クリエイティブの可能性

これだけ、褒めたのにボクにはこのキャンペーン設計にまだまだ要望がある。これは、きっとクリエイターとしてではなく一市民としてだ。東北を第二の故郷と想い、この地にコミットしようと誓った男からかもしれない。先週日帰りで ▶ 新幹線に乗って「福島」へ ▶ で、すぐに「盛岡」へ ▶ んでもって再度「福島」へ ▶ やっと、今「東京」へ この行程を旅した。現地に着いたときとても違和感を感じてしまったのだ。

現地にいくとスタンプラリーをやっていてそのスタンプが「来たぜ、福島」「来たぜ、盛岡」となっている。素晴らしい。これだよ、これ。なぜ、このポスターが無いのだろう。仙台や福島や盛岡で「行くぜ、東北」っておかしくないかなあ、そこはもはや東北、「危険が危ない」的ロジックの破綻。
広告にはATL(Above the line)とBTL(Below the line)とに別れてスタッフがいる。大手広告代理店ではこの体制が当たり前だ。ポスターはATL、スタンプはBTLがきっと担当している。多分、そこの破綻。ルーズボールが上がってお見合いをしてしまったのだと。破綻をしていなくても、どこかで「お金」「時間」「手間」などの逃げ道を作りキャンペーンの本質成立を阻む。東北に来た人が「来たぜ、福島。」で迎えられたら、きっと、うれしくて友人に伝えるに違いない。スタッフの中に気付いている人がいるのに、その意思は回流はしなかった。

今、ボクは本気で「いま行かなくて、いつ行くんだ。」と思っている。少し極端だが、日本国民全員が修学旅行と社員旅行とを東北にしたっていいと思う。その想いがベースに在れば、このキャンペーンが東北をそして日本をアジアを元気にするキッカケに…なんてことだってユメじゃないのだ。広告のチカラを見縊っちゃ行けない。こんなもんじゃないはずだ。もっと、根本の「在り方」「立ち居振る舞い」を考えて欲しい。でないと、広告は浮かばれない。

東北に行くってこと

究極を言えば、東北にみんなが行く事からしか復興ははじまらない。それがボランティアだって、観光だって、不倫お忍びだって何だって良い。そこから「関与」が生まれる。「関与」は、「何が出来るだろう」を産み出す。「何が出来るだろう」が「発明」を呼び起こすかもしれない。

行くぜ、東北。

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