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2014.05.13 14:44

最後の患者

今年のはじめ。翌日から岩手に行く事になっていた。その前に顔出しておこうかなあと、その人の病室にお見舞いに行った。入院患者であり、その病院の院長でもある。抜け出して美味しいものを食べにいくのが好きで、時々ライブハウスで唄ったりしちゃう。なんだか、短編小説みたいな設定だ。

その人はソファに座っていて「あれれ、いしじゅん。少し顔が赤いね。熱測ってごらん」んなわけない、って思ったが測ってみると、案の定微熱があった。そういえば、少し喉も痛い。本当はこんな状態で病院自体に入っちゃ駄目だし、お見舞いにきたはずがいつの間にか患者になってる。すると早速「じゃ、薬を出す事にしよう」薬の名前を三種類口にした。そして、カルテに記入しようとする…ところが、薬の名前が思い浮かばない。ナースに口頭で伝えようとしても想いださない。とても苦しそうだ。想いだせないのがもどかしくなんとも悔しいのだ。きっと、昨日まではクリアできた簡単なドリルのような事だったんだと思う。ナースの助けを借りてやっと投薬指示書ができあがったが、小一時間掛かってしまった。それでも「これでやっと念願のいしじゅんの主治医だ」と喜んでくれたのだった。そんな瞬間をともにした。

なんとか時間の猶予をくれていた浸潤性脳腫瘍の攻撃が、水がコップから表面張力の果てに溢れ出すように領海を超えて、脳の記憶野、言語野を冒したまさにその瞬間だったのかもしれない。翌週からソファに座ることは無く、やがてコトバを、ついには意識そのものを失って行った。結果的に、僕は松村光芳ドクターの最後の患者となった。

不甲斐ない広告屋の僕がボランティアの仲間たちと東北に情報を届ける仕組みで運営を続けて行く時、最初の大口寄附をしてくれたのも、励ましてくれたのも、陰日向でずっとずっと支え続けてくれたのはまさしく松村光芳その人だった。助けあう日本を心から願っていてくれた人だった。春に開催している『桜と蕎麦の会』をもしかしたら一番楽しみにしてくれていた人かもしれない。

会う度に「大好きだよ」「偶然じゃないよ、この出会いは」って言ってくれたっけ。少し面映かったが、とてもうれしかった。今、このエントリーで光芳って書くのに一回で変換できず「光+芳(かぐわ)しい」とタイプした。芳(かぐわ)しい光か…まさに、心が惹かれるくらい良い香りがする「芳しい光」のような人でした。あああ、あなたが空から見ているとすると、もっともっとやらなくちゃ、生かされている今この時に、と思うのです。わたしたちが生まれてきた理由を、生きている理由を、思考せずにはいられません。

そう あなたは 確かに ここにいた。

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