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石川 淳哉 	JUNYA ISHIKAWA

石川 淳哉 junya ishikawa

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1962年大分県生まれ|ソーシャル・バリュー・プロデューサー|世界のさまざまな社会課題を解決するために、クリエイティブの可能性を追求する人生と決断。主な仕事に、書籍『世界がもし100人の村だったら』、イベント「2002 FIFA WORLDCUP PUBLICVIEWING IN TOKYO」、ピースアートプロジェクト「retired weapons」、311復興情報配信プロジェクト「助けあいジャパン」、アルバム「日本の恋と、ユーミンと。」などがある。自宅に太陽光発電を導入、EV車にシフト。2014年9月、出身地大分県別府市で温泉力発電を開始。シェア農園で完全無農薬野菜生産中。防災士

株式会社 ドリームデザイン|代表取締役|
公益社団法人 助けあいジャパン|共同創始者|
株式会社 ベターワールドエナジー|取締役CCO|


2014.5.16【対談】
並河 進 VS 石川淳哉「ラブとパワーで、広告を。」Communication shift 於-山陽堂書店


2014.5.9【対談】
丹下 紘希 VS 石川淳哉「NOddINはこの先これでいいのか?」NOddIN ENDING TALK SESSION 於-目黒クラスカ


2014.4.25【社会課題・発電】
EVに乗り換える|BMWi3を選択。太陽光とのセットで再生可能エネルギーでのモビリティを実現。


2014.4.1【プロジェクト】
東海道新幹線開業50周年|1964年10月1日、戦後復興の狼煙として走り始めた東海道新幹線の50周年を国民全員とお祝いするプロジェクトのEPD。


2014.3.11【社会課題・復興】
助けあいジャパンSocial Credit Cardリリース|復興と防災に貢献するための新しい仕組みとして、KCカード株式会社と提携で誕生。4つの特長* 1.復興と防災のための社会貢献型クレジットカード。 2.使用金額の0.1%が復興・防災へ寄付。 3.年会費永年無料。 4.ボランティア活動保険が無料適用。


2014.2.10〜3.10【社会課題・復興】
第1回きっかけバス47プロジェクト|47都道府県の学生1711名を無料で、岩手、宮城、福島へ。東日本大震災から丸3年。もう一度、日本中に復興の「旋風」を巻き起こしたい。そう考えた学生たちが中心に行動。東北の今を感じ、震災の教訓を学び、自分のコトバで家族や友人、大切な人、それぞれの故郷・地域の人たちに伝え続けてくれることでしょう。きっと。


2014.2.8-9【社会課題・防災・審査委員】
世界銀行防災・減災ハッカソン|「発展途上国×防災・減災」というテーマに挑戦するこのハッカソンは、プログラマーやエンジニアに加え、発展途上国で支援を行う専門家、学生など様々な職業、バックグラウンドをもつ参加者が「防災・減災」という同じゴールに向かって、それぞれの強みを生かし自由に走破した。


2014.1.24-1.31【講演】
はみだし塾|今村直樹塾長の広告屋だけどはみだしている人の講義シリーズ。テーマ:広告から告広へ「広く告げる」から「告げたくなって広がってゆく」1.24が講演、1.31が社会課題を解決するためのクリエイティブワークショップ。


2013.10.25【社会課題・防災】
防災士になった|防災士とは「“自助” “互助” “協働”を原則として、かつ、“公助”との連携充実につとめて、社会の様々な場で減災と社会の防災力向上のための活動が期待され、さらに、そのために十分な意識・知識・技能を有する者として認められた人」のこと


2013.8.22-25【社会課題・ボランティア】
第7回クリエイティブの可能性夏合宿 | リーダー・星野陸夫|学生リーダー・瀬良兼司、小塩若菜、大曽根悠太、横山健太|七ヶ浜町内ゴミ拾い|南三陸ミシン工房ワークショップ|陸前高田仮設住宅交流|南相馬じゃぶじゃぶ池交流|参加者43名(うち学生31名無料)


2013.8.19-12.23【対談】
クリエイティブの可能性3.11|未来をつくりだすヒントを探す旅!課題先進国と呼ばれて久しいここ日本を一度総括。311直後から立ち上がった際立つ数々のプロジェクトに焦点を。ボロボロになりながらも諦めず挑戦し続けたクリエイターのその衝動と職能の源泉から発露したエッセンスを紹介。全18回。ゲスト:佐藤尚之、福島 治、高橋博之、太刀川英輔、ジェイムス下地、関 治之、佐藤信一、秋山有子、飯田昭雄、筧 裕介、森本千絵、並河 進、高田佳岳、山本理顕、馬場龍一郎、長谷川琢也、市川裕康


2013.4.26-29【社会課題・ボランティア】
第6回クリエイティブの可能性春合宿|リーダー・瀧澤奈美|学生リーダー・木下暁喜、班目美紀、森亮太|南三陸漁業支援(わかめ加工)※NPO法人バタフライ・エフェクトより紹介|気仙沼復興マルシェ交流|陸前高田花壇整備支援(カモメネット)|陸前高田松の苗植樹支援(高田松原を守る会)|陸前高田仮設住宅交流|石巻視察|相馬市視察・対話交流|参加者45名(うち学生30名無料)


2013.3.5【社会課題・復興】
助けあいジャパン東北本部 岩手支部 開設|岩手のビジネスマッチング支援。10名が、盛岡・久慈・宮古・釜石・大船渡に寄り添って情報収集、発信をしています。


2012.12.21- 24【社会課題・ボランティア】
第5回クリエイティブの可能性冬合宿|リーダー・佐藤正之|学生リーダー・飯国愛紗、和田匠太、弥冨彬|南三陸・家屋跡の片付け|気仙沼・クリスマスイルミネーションプロジェクト代表のお話|気仙沼・空中ループ松井さん「小原木タコちゃん」ライブ|陸前高田・ボランティアセンター閉所式直後のスタッフのお話|陸前高田・仮設住宅訪問とチューリップ植え|陸前高田・NPO法人Aid Takata代表のお話|福島・除染プラザ研修|福島・ママの会代表のお話|参加者41名(うち学生31名を寄付金にて無料化)


2012.11.20【プロジェクト】
『日本の恋と、ユーミンと。』|松任谷由実デビュー40周年を記念して企画されたベスト・アルバム。日本の恋の歌を集めたら、全部ユーミンの曲でした。という気持ちでつけたネーミングと軽やかに未来へ弾むユーミンのビジュアルは、サムネイル拡散時代に計算したクリエイティブディレクション。オンラインのマーケティングが効を奏し、もうすぐ100万枚突破。


2012.9.7【講演】
第19回BAクリエイターズサロン|テーマ:『クリエイティブの可能性』for 3 .11


2012.9.1【社会課題・復興】
助けあいジャパン福島支部 開設「情報レンジャー福島」本走行開始「ふるさとの絆電子回覧板事業」事業開始|「ふるさとの絆電子回覧板事業」福島沿岸部の全村避難を含む八市町村役場(大熊町、双葉町、楢葉町、浪江町、南相馬市、いわき市、葛尾村、富岡町)から県内、県外の避難者へ、ふるさとや仲間の今、動きをお知らせする仕組み


2012.8.11【社会課題・発電】
田園調布石川淳哉発電所開設|8月11日、震災からちょうど15ヶ月目。うちは発電所になった。この日から東京電力と売電契約が始まった。だから小さな発電所なんです。


2012.8.2-5【社会課題・ボランティア】
第4回クリエイティブの可能性夏合宿 |リーダー・野村謙次|学生リーダー・白井宏美、中郷智|南三陸町・防災庁訪問、側溝の泥搔き出し作業|陸前髙田ボランティアセンターるみふみさんの講話|陸前髙田・夏祭り会場の整地作業|奇跡の一本松視察、空中ループ・松井さんのライブコンサート|気仙沼復興マルシェの村上さんガイド付き商店街周辺散策|参加者42名(うち学生33名、寄付金により学生は無料で参加)


2012.4.6-9【社会課題・ボランティア】
第3回クリエイティブの可能性夏合宿 |リーダー・野田祐機|学生リーダー・山下雄登、中村菫|南三陸町・防災庁訪問、ガレキ撤去作業|陸前髙田一本松視察|ボランティアセンターるみさんの講話|松でキャンプファイヤー|陸前高田ボランティアセンター|陸前高田にて松の苗を植樹|気仙沼にて武田豊さんの講話||気仙沼ツアー|参加者42名(うち学生30名、寄付金により学生は無料で参加)


2011.3. 23【社会課題・復興】
「助けあいジャパン」公益社団法人化|一年という超スピードで公益社団法人認可を受ける。代表理事を「佐藤尚之」から「野田祐機」へ交替。グーグルページランクが「8」という快挙


2012.3.1【社会課題・復興】
助けあいジャパン東北本部宮城支部開設 情報レンジャー宮城本走行開始 |官学民協議体(事業を推進する母体)宮城県震災復興企画部+東北学院大学+助けあいジャパン▷戦略会議室(事業を運営設計をする会議体)上記三者に加え、河北新報社+JTB東北+電通東北復興サポートネットワーク


2012.2.23【講演】
日本マーケティング協会第40回「マーケティング・フォーラム」|テーマ:震災支援とネットワーク


2012.1.17【講演】
世界銀行「防災とソーシャルメディア」|テーマ:災害時における情報収集の事例


2011.12.24【社会課題・復興】
一本松へ捧げる光プロジェクト Merry christmas|ライトアップに「祈り」と「鎮魂」、被災地を勇気づけたいという想いを込めました。


2011.12.22-25【社会課題・ボランティア】
第2回クリエイティブの可能性冬合宿| リーダー・中島明|学生リーダー・鈴木伸也、松村沙仁子|南三陸町・防災庁舎まわりの清掃、南三陸復興ダコの会後工房見学|陸前高田・松畑の整地、高田松原を守る会と懇親会、奇跡の一本松ライトアップ|気仙沼市・被災地ガイドさんと魚市場見学、復興屋台村気仙沼横丁視察|参加者44名(うち学生26名、寄付金により学生は@1.0〜1.2万円で参加)


2011.9月10月11月12月【社会課題・復興】
情報レンジャーテスト走行|東北三県を計四回テスト走行しました。本当に役に立つのかどうかを探る旅でした


2011.8.18-21【社会課題・ボランティア】
第1回クリエイティブの可能性夏合宿|リーダー:石川淳哉|学生リーダー:楠木恵理・長砂佐紀子|石巻・木の屋缶詰磨き|陸前高田・畑の掃除|参加者38名(うち学生22名を無料化)


2011.8.16-18【社会課題・復興】
が〜まるちょばと被災地三県慰問ツアー|福島市 気仙沼市 山田町


2011.3.18【社会課題・災害緊急時】
3.11救援サイト「助けあいジャパン」リリース。できるだけ正確な情報をとどけること。助けたい気持ちがある人の、ヒントやきっかけになること。そして、過去にしないこと。いっしょに未来をつくること。|連携関係:内閣官房震災ボランティア連携室|佐藤尚之|佐藤澄子|小和田香|石川淳哉|200名を越えるクラウド上でつながる仲間、企業、NPOの方々|ボランティア情報ステーション、sinsai.info、翻訳チーム、情報文案チーム、ミンココチームなど、自身初のクラウドコミュニケーションによる制作運営を体感|3.18 FACEBOOK版リリース|3.20 本サイトリリース|4.25 英語版リリース|4.25 携帯版リリース|4.28「ミンナカラ ココロカラ」(助けあいジャパン)リリース


2011.3.13【社会課題・災害緊急時】
「pray for japan 募金マーク」 311震災当日、フランスの日本食レストランからの依頼から生まれた「募金マーク」。twitter上に世界中から集まっていた応援メッセージ「#pray for japan」とともに。世界どこからでも自由に使える「募金マーク」のダウンロードページが11カ国語で用意されています。|佐藤尚之|石川淳哉|森本千絵|松永有子|押井 猛|陶國直孝|柳瀬武彦|使ってくれた世界中のみなさん感謝|FRaU (フラウ) 2011年 05月号 [雑誌] |ELLE JAPON (エル・ジャポン) 2011年 05月号 [雑誌]|PRAY FOR JAPAN 3.11世界中が祈りはじめた日


2011.3.11【時代の結び目】
東日本大震災|2011年3月11日14時46分18秒(日本時間)に発生|日本の観測史上最大のマグニチュード9.0を記録|波高10メートル以上|最大遡上高38.9mにものぼる大津波|液状化現象、地盤沈下、ダムの決壊などによって、広大な範囲に被害が発生し、各種ライフラインも寸断|震災による死者・行方不明者は約26,000人|建築物の全壊・半壊は合わせて10万棟以上|ピーク時の避難者は40万人以上|停電世帯は800万戸以上|断水世帯は180万戸以上|国民向け放送|自衛隊が10万人を越える規模での災害派遣|福島第一原子力発電所事故|M9.0 世界最大級となったのか。じゃ、今後の復興のためのエネルギーも愛も、世界最大級にしなくちゃ。|311以降の世界デザイン|再生可能なエネルギーデザイン|広告から告広へ


2011.3【講義】
「クリエイティブの可能性」終了|大学コンソーシアム京都|非常勤講師|2021未来の鍵|「クリエイティブのリレー」楽曲提供:空中ループと受講生


2011.1.1【事業】
本拠地を移動|麻布十番|ドリームラボ|会議室は LOVE PEACE HAPPY SMILE |麻布十番食の宝箱


2010.4〜【講義】
「クリエイティブの可能性」|大学コンソーシアム京都|非常勤講師|中西哲生|渋谷聡子|が〜まるちょばHIRO-PON|徳田祐司|後期クライアント:日本郵便


2009.6〜9【社会課題・平和】
retired weapons™ 博多にて参加型エキシビション|徳田祐司|電通九州|伊藤敬生|IMS|めんたいワイド|一万人のピースツリー|開始たった2週間でペースメッセージが一杯に|能古の島


2009.4〜【講義】
「クリエイティブの可能性」|大学コンソーシアム京都|非常勤講師|渋谷聡子|関 龍彦|田中耕一郎|no problem LLC|徳田祐司|後期クライアント:宝酒造


2008.4〜【講義】
「クリエイティブの可能性」|大学コンソーシアム京都|非常勤講師|渋谷聡子|田中 実|河井信哉|徳田祐司|中村貞裕|後期クライアント:キリンビバレッジ


2007.9【社会課題・平和】
retired weapons™ ロンドンで展覧会|招待参加|TENT LONDON|徳田祐司+石川淳哉|中牟田洋一|アートと言うより商業デザイン|Sabine Schweigert|Martina Bernardi


2007.5【社会課題・平和】】
retired weapons™ ベルリンで展覧会|招待参加|DESIGN MAY|徳田祐司+石川淳哉|中牟田洋一|ベルリンの壁にほど近い電車の操車場|なかなか慎重なベルリン市民|おじいさんの魔法|ポプラの花粉症|Sabine Schweigert|Martina Bernardi


2007.4【社会課題・平和】
retired weapons™ ミラノで展覧会|招待参加|milano salone|徳田祐司+石川淳哉|中牟田洋一|lombardini22|新聞ORIZZONTIに掲載|PACE|日曜教室で子供と平和|Sabine Schweigert|Martina Bernardi


2007.4〜【講義】
「クリエイティブの可能性」|大学コンソーシアム京都|非常勤講師|渋谷聡子|小霜和也|朴 正義+高広伯彦|AXE PROJECT|後期クライアント:JOYSOUND


2007.3【社会課題・平和】
retired weapons™ 東京(外苑前SIGN)にてCAFE retiredweapns™ をOPEN|徳田祐司+石川淳哉|美味しい平和|武器なんて食べちゃおう|地雷型チョコレートケーキ|アンデルセン|ジャン・ポール・エヴァン|sign外苑前|中村貞裕|LOHAS SUNDAY ON AIR


2006.4〜【講義】
「広告表現技法」|京都精華大学|非常勤講師|山本秀樹+宮 直樹|李 国秀|徳田祐司+渋谷聡子|横川正紀


2005.11【社会課題・平和】
retired weapons™ DESIGNTIDETOKYOで展覧会|徳田祐司+石川淳哉|青山ブックセンター本店


2005.4〜【講義】
「広告表現技法」|京都精華大学|非常勤講師|河野広一|徳田祐司|井上邦彦|操上勝司


2005.1.1【社会課題・平和】
retired weapons™ はじまる|徳田祐司+石川淳哉|ダライ・ラマ14世|企画アリ連絡コウ|たまたまあった原寸大の風船デコイ|PEN表紙|Tシャツ|Greeting mail|シール|ランチョンマット|缶バッジ|携帯コンテンツSTIJL販売


2004.9【プロジェクト】
六本木ヒルズ IDEAS SHOP|森ビル|Academyhills|事故を起こした回転ドアの修復|NYADC|OGUSHIと紙谷太郎


2004.4〜【講義】
「広告表現技法」開始|京都精華大学|非常勤講師|筒井洋一教授|15コマを前期五回土曜日に|ゲスト参加型マーケティング講義|ご飯会|m.hasui|徳田祐司|朝倉 勇|笠井修二


2003.8.6【事業】
株式会社ドリームデザインに登記名変更|デジタルデザインラボラトリーは役割終了|ユメ ヲ カタチ ニ|NYで一人の創立パーティ|西麻布の築40年病院をリノベーション+パシフィックファニチャーサービス+醍醐建設|


2002.12【プロジェクト】
イベント『世界がもし100人の村だったら』が教えてくれた人口問題|財団法人ジョイセフ|国連大学|奥山友美|斉藤佳津枝TCC新人賞|桑原茂一とディクショナリー|次原悦子とサニーサイドアップ|財団法人ロゴマークデザイン


2002.7【プロジェクト】
『世界がもし100人の村だったら〜little wings』|avex ioと共同原盤|奥山友美|小会社SOZOで奥山のマネージメント|めざましTV今月の一曲|一万枚のセールスしかし契約を継続できず|北海道で説教事件|瀬戸和幸と石井裕樹


2002.6【プロジェクト】
2002 FIFA WORLD CUP PUBLIC VIEWING IN TOKYO|高松聡(当時電通営業)、小林大介(イマジン)とボクの共同リスク式実行委員会|二十万人動員|選手が一人もいない国立競技場で応援|当時はみんな成功するはず無い、無謀だ、やめろ、といわれた|ここからPUBLIC VIEWINGというコトバがはじまった|KICK THE CAN CLUE|DJ DRAGON|THE BOOM島唄で五万人が揺れる|裸足のラモス瑠偉の国歌斉唱に泣く|事件勃発|ウェブがパンク


2001.12【プロジェクト】
『世界がもし100人の村だったら』(マガジンハウス、池田香代子)░|プロモーション制作担当|最初は1000人の村だった|池田香代子さんの読み聴かせ|池田さんとベルリン天使の詩(ヴィム・ベンダース)|911から生まれた本|初版三万部が一ヶ月で30万部、累計150万部のヒットの社会現象に|この時世界はもっとお互いのこと知りらなくちゃって実感した


2001.9.11【時代の結び目】
アメリカ同時多発テロ事件|2001年9月11日にアメリカ合衆国で発生した、航空機を使った4つのテロ事件の総称。航空機を使った前代未聞の規模のテロ事件であり、全世界に衝撃を与えた。その後、アメリカはアフガニスタン紛争、イラク戦争を行うことになる


2001.1.1【時代の結び目】
21世紀に突入|20世紀は物質の発明の世紀でした。21世紀は、コミュニケーションの発明の世紀にしなくてはなりません(ダライ・ラマ14世)


1998.3.2【事業】
株式会社デジタルデザインラボラトリー設立|南青山|法人成|広告制作業務|マイクロソフト|インテル|マガジンハウス|カーセンサー|ヤマハ|キヤノン|アマデウス|カーセンサー専属チーム、エディトリアル部門設立|インプレスから操上勝司役員参加、インタラクティブ部門設立|パブロより大城英一郎、岩井博文役員参加|一般募集で南圭子役員参加|Japan Publishing Consortium理事|電通+博報堂+大日本印刷+凸版印刷とデジタル送稿実験の中核として


1997.6【事業】
フリーエージェント 屋号 デジタルデザインラボラトリーで活動開始|南青山|テックアートジャパン間借時代|玄光社「デジタルグラフィー」監修|シリコンバレーに取材|アドビPDFに嵌る


1995.4【就業】
株式会社パブロプロダクション|銀座|年俸契約|広告にデジタルをはじめて導入|デジタルデザインシステム|業績が在籍三年で三倍に、給与も三倍に|時代は一気にデジタルへ|調子に乗りすぎて斬首|まさか戻るんじゃないでしょうね発言


1993.4【就業】
株式会社ZOOK|自由が丘|役員|通信販売カタログRapty|フルデジタル制作への模索|斉藤由貴と尾崎豊|浜松往復の日々|鶴岡八幡宮大雪の結婚式


1990.4【就業】
株式会社シスコムジャパン|小さな広告代理店|西麻布|グリーンマーケティングニュース編集長|IIciとクオークとロイター通信|300万(高かったなあ)車とマックを天秤に。結局マック購入|CMから風船配布まで|タカキュー新店舗、改装オープンで毎週全国のどこかに|ANA再び事件|ポンパドールのプランナー


1989.11.10【時代の結び目】
ベルリンの壁崩壊|1989年11月9日に東ドイツ政府が東ドイツ市民に対して、旅行許可書発行の大幅な規制緩和を「事実上の旅行自由化」と受け取れる表現で誤発表した事によって、ベルリンの壁が11月10日以後に東西ベルリン市民によって破壊された事件|東西ドイツ統一|冷戦終了


1987.4【就業】
株式会社ナイトタイムスへ新卒入社|歌舞伎町勤務の出勤はぽん引きの合間を縫って|研修は新風営法|三大欲(性欲)研究|手配りからキオスクへ|円山社主とロールスロイス|完全前金の仁義商売|テレクラそのものを創った|テレビテレクラ失敗|Q2最大の人気コンテンツ|忽然と消えていく人々


1983.4【学生】
早稲田大学第二文学部にやっと引っ掛かる|マガジンハウス|食堂・総務・月刊平凡・エルジャポンのバイト|Tarzanフリーライター|師匠田中実|師匠グーフィ森|東日本何でも蹴飛ばす会イン八丈島|代返のお礼をしに通学|近代麻雀101競技会全国ランキング一位を一年間保持|ひとでなし時代


1982.4【学生】
大分で浪人生活|府内学園|すべてに置いてけぼりな感じの二年目|寮に軟禁|辰ニと鶴|アノンパガラモア|


1981.4【学生】
京都浪人生活|関西文理学院|下宿・土倉邸|紅茶の美味しい喫茶店|大学院生の筒井洋一氏(京都精華大学教授)との出逢い|凸凹の畳|子供バンド


1979.12【学生】
高校二年の冬、期末テスト初日。日本史の試験でしたね。机にカンニングの準備をしようと一時間ぐらい早く家を出た。自転車で急いでいましたね。それが運の尽。車と正面衝突、左大腿部複雑骨折。そこからすべてがローリングストーン|岡病院|任侠正看護婦 vs 純情准看護婦|集団剃毛事件|8本のうち5本折れてる事件|キュンチャー|夜勤の甘い罠|松葉杖生活一年|やさしさと信仰の間に|風の歌を聴け|1973年のピンボール


1978.4【学生】
大分県立大分鶴崎高等学校入学|ポリス|水産高校の待ち伏せ|美術部|ギターマンドリン部|サッカー部|ハンドボール部|サンショウウオ先生との約束|24時間テレビ事件|馬場くんに先を越された事件|徹夜麻雀と元禄積み|CB750|喫茶おきなわ|喫茶ロペ


1976.4【学生】
大分市立大東中学校へ転校|雨と雪の日は休日|ランボルギーニイオタとプラモデル|ベイシティローラーズと似顔絵|女子テニス部部長泣かせちゃった事件|転校初日に担任に殴られ事件|Cサワーフィルハーモニー交響楽団|鼻出血にヘアリキッド|限りなく透明に近いブルー


1975.4【学生】
佐賀関町立神崎中学校入学|涙のコーラスと絵画のため半年間準備する文化祭、騎馬戦がラリアットな体育祭||髪の毛を緑に塗ったら褒められた|バス通学|神童時代の終焉|Yesterdays ones more


1971.4【学生】
スポーツ少年団サッカー部に所属。速くも巧くもない、ガッツーゾタイプの強い選手だったと思う。たしか、五年生の時にオフサイドが導入され、一堂愕然。オフサイドトラップを掛けるのに命を賭けてた|練習中の水禁止|足あげ腹筋|ダムまで走るぞ|全員攻撃全員防御|車のライトで夜間練習|ベッケンバウアーとゲルト・ミュラー|三菱ダイヤモンドサッカー|オニツカコーチャ|カブトムシでゴールネットを買う|ユウショウサンとハヤシライス|人類が月面に着陸 アポロ11号|船長ニール・アームストロングと月着陸船操縦士エドウィン・オルドリン|1969年7月20日午後4時17分東部夏時間、月面に着陸|宇宙開発競争|アポロ計画


1969.4【学生】
佐賀関町立大志生木小学校入学|水泳の授業は海|肝油|10時の牛乳|講堂で映画|松喰い虫|オケラとハンミョウとミヤマクワガタ|アケビと亀の手と高城貝|照美|はめ君|キャン|基地|お接待|古宮のちんさむロード|英俊|もう、もう、会えない|見返り美人事件|許嫁|田んぼんカー|タバコんカー|神社の屋根裏|顎振り打法|ダムと段ボール|夕刊見つかっちゃった事件


1965.10【幼児】
肺炎にかかり死の淵に。一命は取り留めるが、その後喘息が残った。子供の頃、呼吸困難で「ああ、このまま死ぬのかな?」って何度思ったことか。今なら吸入でパッと発作が止まるけど、当時は子供だったからかなあ。特効薬が無かった。チェ・ゲバラに親近感を感じるのは喘息からかもしれないなあ。


1962.9.16【誕生】
大分県北海部郡佐賀関町大志生木に生まれる。空と海と山と川が全部揃っている小ちゃな小ちゃな村でした。木から大きな志が生まれるんだって、小さい頃思ってたなあ。|宇宙船フレンドシップ7に乗船したジョン・グレンが、米国初の宇宙船による地球周回を記録|日本のテレビ受信契約者が1000万突破(普及率48.5%)|大正製薬、ドリンク剤「リポビタンD」を発売|シアトル万国博覧会開幕|ジャニーズ事務所創業|巨人・王貞治選手の一本足打法がスタート|全面軍縮に関するモスクワ世界大会|米女優マリリン・モンローが怪死|南アフリカ連邦政府、ネルソン・マンデラを逮捕|ジャマイカがイギリスから独立|ビートルズレコードデビュー|米ケネディ大統領キューバ海上封鎖を表明 キューバ危機|ボブ・ディランレコードデビュー|「いつでも夢を」「ハイそれまでョ」「可愛いベイビー」