2011.06.15  【10万年後の安全】と【イタリア国民投票】

ドキュメンタリー映画【10万年後の安全】を見ました。
使用したウラン燃料を、どのように捨て(閉じ込め)れば生命は安全なのか。フィンランドで、その捨て場づくりの大工事が始まっている。それを取材した記録映画です。(この映画では、放射能物質が生物に無害となるのを10万年としており、上記の題名に。原題はInto Eternity)。

古代にできた堅固な岩盤地帯を探し当て、地下500メートルまで螺旋状に掘り進み、その奥に広大な埋葬場所をつくるという大工事。北欧の静寂な森の下が、原子力という文明の墓場なのです。5基めを建設中のフィンランドは、それら原発の使用済みウラン燃料(いわば「死の灰」)をここに、10万年後の人類(生き残っていればの話ですが)に、さまざまな記録文書とともに閉じ込めるという。タイムカプセルのように。(しかし、その遺言を10万年後の言語を話す人類の末裔は、読めるでしょうか?)

この映画は放射能の「恐ろしさの真実」をアピールする効果はあるかも知れない。しかし問題解決の方向を指し示してはいない。皆さん考えてほしいというのでしょうか。
数学的計算上は、これで万事安全なのかも知れません。しかし一体ぜんたい、どうして、このように「ばかばかしいこと」を人間はしなければいけないのか。超・危険なものをこしらえておいて、それを厖大な金銭を使って埋蔵しようといいうのです。原因は原発。ならば原因を除けば、埋蔵の必要なんかないはずです。
それとも、この国家的事業もまた、某企業が請け負って利益を上げるための仕組みなのか。限りなく深刻、限りなく愚かな行為を人間は始めている。と、ぼくは感じました。原発は、すでに「遅れた文明」だと思います。これからの人間社会に希望を示す文明ではない。危険は廃棄すべきでしょう。

原爆の広島と長崎、水爆実験の第五福竜丸。日本人は3回も「核兵器」によって「人体実験」されてきた民族です。放射能の恐ろしさを世界で最もよく知っているべき民族なのに・・・。これほど危険なものを、単に「発電」というだけのために利用するなんて、どうかしていると今回気づきました。原発によって利益を上げる仕組みが政治家と官僚を巻き込み、国民を翻弄してきたのではないでしょうか。なおも原発推進をいう声には、その背景を探って見る必要があると思います。鵜呑みは、もうやめましょう。

日本は原発が排出する放射能廃棄物の捨て場を、いまだに確保していないという。ぼくたちは、こういう基本的な事実さえよく知らずに、実に呑気に暮らしてきました。
実はきょう、ぼくは、フランス語の先生にあきれられてしまったのです。「フクシマ原発から40年。どうしてその間に、放射能廃棄物を捨てる方法や場所を決めてこなかったのか?」と問われ、答えに窮したのです。「政府と電力会社は前から内々決めた地域があるだろう。しかし、地元の反対で工事を始めることができないのだと思います」と、しどろもどろに答えたのですが、説明になっていませんでした。

あとあとの処理方法も決めず、十分な説明もせずに、日本は補助金の力で54基の原発をつくり、国民はそれを受入れてきたのでした。恥ずかしい市民だったと赤面しました。
国家的戦略というものをもたない国の実態が、いま国民にさらされています。
1960年代以来、前政権時代に国の総力を挙げ原子力発電所の建設を推進してきた日本。菅首相に罪はない。あっても軽い。であるのに、国会議員、マスコミは退陣要求の大合唱。ものごとの本質を論じる人はいないのでしょうか。


イタリアから、感動的なニュース
イタリアは国民投票によって「脱原発」を選択しました。感動的なニュースでした。国民に良識がある、と。首相も、脱原発をめざす国イタリアとなったことを笑顔で語っていた。かつては原発推進者だった人が、です。これが民主主義社会なのでしょう。
ドイツ、スイスはさらに早く脱原発を公表。オーストリアはずっと早くから国民が反原発を採択、先進性を示していました。これら「考える市民」のいる国には安全弁がある。目先の金に振り回され(簡単に騙され)る国民の国は、いまも依然として解決のメドが立たない苦難に翻弄されています。
うまい話は疑ってかかろう。改めての自戒です。

1件のコメント

  1. Yup, that’ll do it. You have my apreociatipn.

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