2011年6月のアーカイブ

2011.06.06  土地は、だれのものなのだろう

 大災害があると必ず直面する悩ましい問題。土地をめぐる問題です。
 被災地では、仮設住宅を建てる用地確保に苦労しているようです。安全で生活しやすく、働き先や通学にも遠すぎない広い土地。探すのは容易ではないでしょう。自治体は懸命に用地を探していますが、土地が見つかっても地権者(地主さん)が多い場合には、説得交渉がたいへんです。
 町や村、地域の新しい復興設計の段階にも、この問題はつきまとうでしょう。

 ふと思い出したのは、フランスで聞いた話。古い話ですが、横浜のフランス領事館勤務を最後に退職したD氏は、南仏ニース郊外で暮らしていました。そのD氏を紹介され、自宅に招かれました。1973年のことです。住いはニース市郊外の丘に建つ5階建てマンション・85平米。南に地中海、北の窓からはアルプスの一部が見える。エレベーターは一基が、左右2軒分。
 それを100万円で購入したという。まさか、1000万円でしょう? と、ぼくは訊き直しました。が、100万円だという。

 以下は、D氏の話です。
 フランスは土地が広く安い。地震がないから建築も堅固な構造は要らない。
私有地の価格はある基準を超えて高くなると、政府がその土地を買い上げてしまう。だから、土地は投機の対象にはならない。故に、地価は安定しており、老後の住まいは退職金で購入でき、年金でゆうゆう暮らせる、と。
 ぼくはすっかり感心し、すぐには信じられませんでした。

 このような制度を発想し、社会(市民)が受け入れて法律になる。これこそ政治ではないか。政治の知恵だと思ったのです。知恵ある社会の一面をみた思いがしました。

 一方、イタリアでは、マンションのローンは返済が70年ということも聞きました。1980年代末です。70年のローンなら月々の返済額はわずか。住宅というものは、孫の代で返済すればよいという制度なのでしょう。
 だから、イタリア市民はローン返済に追われて、日常生活を切り詰める必要がない。食事を楽しみ、おしゃれをし、音楽や演劇を楽しみ、生活文化を堪能できる。楽しくなければ人生じゃない、という国なのか。そして、それを支えるのが政治ですよ、と。
 翻って日本の政治は、どうでしょう?

 土地は、もしかしたら私有してはいけないものかもしれない、とふと考えてみました。古来、土地は国のもの、国民全員のものだ、と。個人や企業は、使う土地を国から借りる。そういう制度ならば、仮設住宅の土地探しに苦労することもなくなるだろう。本格的な都市計画、地域や農地、漁港の設計だって可能になるのでは、と。
 老人の白昼夢でしょか、ね。(A)

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2011.06.01  長谷川等伯の松林と、あの一本松

 前回、陸前高田の浜に残った一本松のことを書きました。多くの反響をいただきました。そのなかに、大学1年になった孫が「あれは僕の祖父です」と知人に当てたつぶやきがあってびっくり。それを知らせてくれたのは、若い友・石川淳哉君。そしてブログアップを支援してくれている彼と、彼の会社ドリームデザイン社員たちのおかげです。
 IT世界がほとんどわからない老人が、思わぬところでその威力に直面して驚いたのです。このようにITの力によって、人は人と連帯していく。それが新しいコミュニケーション社会の特長なのだと実感しました。被災地と日本全国を結ぶのも、北アフリカに「春」をもたらしているのも、ITコミュニケーション力が生み出す連帯力なのでしょう。

 松の木が思い出させた長谷川等伯
 昨年3月、東京国立博物館で『長谷川等伯展』を見ました。昨年が画家・等伯の没後400年に当たり、
国宝3件、重要文化財約30件が一挙に公開されたのです。
 等伯といえば、かの水墨画「松林図屏風」でしょう。しかし、その枯淡崇高独自に至る道のりの初期には多くの仏画があり意外でした。
 日蓮上人をなん枚もなん枚も描いています。南無妙法蓮華経と、題目を大書した掛軸もある。どれほど熱心な法華経信者だったことか。これは、ぼくにとって発見のひとつでした。
 多くの批評や解説はほとんど彼の信仰に触れていません。迂闊というべきでしょう。等伯という人物を予見なく見ようとすれば、初期の数多い日蓮肖像画を無視するわけにはいかない。そう思います。
 テレビ映像でみた陸前高田の一本松。そして等伯の幽遠なる松林。松たちは時空を超えて海の声を聞き、人間の暮らしに深くかかわっていた。その思いを改めて噛みしめています。

 思わず、宮澤賢治を連想
 等伯の日蓮上人像を眺めながら連想したのは宮澤賢治でした。あの賢治もまた熱心な法華経信者であり、その信仰から生まれる価値観と直観から彼の詩も童話も、農学校での生徒指導も生まれたはずです。しかし、賢治の詩や童話など文学的な仕事への評価が高いのに対し、人間賢治の心の根源にあった法華経信仰を重視した解説や評論はほとんど見られません。片手落ちを超えて、
公正さを欠いているように思えます。
 知識人にとって、宗教に触れることはなぜ苦手なのでしょう。できれば触れずにいたい、そんな空気があるようです。そこからは、ほんとうの芸術評論は生まれないのではないか。等伯と賢治の本当の研究評価はこれからだと感じます。
 宮澤賢治が心に描いた理想郷「「イーハトーブ」。岩手県のどこをイメージしていたのでしょう。岩手県、いや新しい東北コミュニティ復興計画の精神的コンセプトとして「イーハトーブ」のことを噛みしめてほしいと願います。

 真実の追求は難しい。しかし、ものごとを見るとは、虚心に見る、与件なく見る、五感で見る。既製概念にまどわされずに、自分の直観と知性、そして想像力を働かせて見ることが大切なのではないでしょうか。
 きょうも、あの陸前高田の一本松が気になっています。海の水にひたされつづけて、枯れてしまわなければいいのですが。(A)

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