2011.08.09  87歳の方の声をご紹介します

長崎被爆の日。朝、人類2発めの原子爆弾で亡くなった(殺された)何万人という長崎市民の菩提を祈りました。ロウソクが揺れ、僕の気持もゆらぎました。広島と共に、これほどの大量虐殺が許されている世界の現状。投下した国の言い訳。いつも不愉快になり心が乱れます。

今朝の朝日新聞「声」覧に、石田 享さん(87歳。無職、東京都日野市)という方の「声」が載っていました。全文を引用させていただきます。

 ホタルの飛び交う故郷を返せ

 私は、事故を起こした福島第一原発のある福島県大熊町で生まれ育った。今年は例年のようにお盆に帰省して、墓参りすることができない。浴衣がけでホタルの飛び交う田園の稲穂を見ることも、縁側で迎え火を見ながら親類縁者や
旧知の友と酒を酌み交わすこともできない。
 放射能とやらの目に見えない怪物のおかげで古里に帰れないと思うと悔しくてたまらない。
 今にして思えば、安全だといいながら、消費地からはるか離れたへんぴなところに原発を造ったということは、やはり計画した人は、危険を予知していたのだと、初めて気づいた。
 だまされる方が悪いとはいえ、お金も入り、勤め口もでき、ましてお上が大丈夫というのだから、農家の次男、三男や細々と商売をしている人が、こんなおいしい話はないと思ったのも無理からぬ話だった。
 原子爆弾を落とされた日本人がなんでこんな危険な原発を導入したのか。営々と築いた先祖伝来の土地が、あの非情な怪物に未来永劫占拠されるのか、と。

 石田さんは淡々と事実を述べておいでです。それだけに、お上と電力会社にだまされた深い思いが伝わってきます。加えて放射性物質に汚染された稲ワラ。その被害を受けた農家や酪農家の地獄の苦しみを思うと、原発をどうしても許せない思いが迫りました。2011.08.09(A)

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